そして旅行の舞台は石垣島へ

那覇空港に戻る途中、赤嶺駅で途中下車し、日本最南端の駅の記念碑を記念撮影。沖縄県は、那覇にできたモノレールのおかげで、日本最西端の駅「那覇空港」と日本最南端の駅「赤嶺」の2つの駅を持つ県となっており、那覇空港駅にも「日本最西端の駅」のプレートが埋め込まれています。
空港に到着後、売店で『大東まつり寿司』という巻き寿司のお弁当を買って機内に搭乗。お弁当を食べて、お茶で一服している間に石垣島へ到着しました。この日の石垣島では、沖縄県の有数の大企業、オリオンビールが各島で何カ月おきに開催する『オリオンビール祭り』というのがやっており、おらもホテルに荷物を置いたら直行するつもりでしたが、預けた荷物の受け取りにかかる時間を計算に入れていなかったので、時間が思ったよりもかかってしまい、ホテルに着いたのが終了20分前という有様。会場までは歩いて10分ほどの距離ですが、とてものんびりとビールを味わうような時間は無いので、涙をのんで断念しました。
とはいえ、島で最大級のお祭りの日ということもあり、街の中心部の飲食店は営業しているところも多く、おらも酒屋に行って泡盛の小瓶を2本と「車エビチップス」なるものを買って、ホテルで軽く晩酌をしました。

沖縄と中国と日本の文化の融合する場所、『識名園』

名護のバスターミナルに着き、高速バスで那覇空港へ向かいました。沖縄の渋滞はひどいものだと聞いていたので、渋滞に備えて2時間ほど余裕を見ていたのですが、まったくの杞憂に終わり、石垣島行きの便が出発するまでに3時間近く時間が空いてしまいました。搭乗手続きを済ませて荷物をを預けておき、空港の観光案内で時間をつぶす場所を探していましたが、今まで『識名園』に行ったことがなかったので、こちらへGO!
識名園へのアクセスは、モノレールで終点の首里駅まで行き、そこからタクシーで5〜10分ほどになります。識名園とは、幕末の頃に琉球王朝が中国からの施設の滞在に備えて建築した、広大な庭を持つ屋敷で、国王の別荘としての役目も持っていたそうです。中国様式と沖縄独自の文化の折衷ということで、同じ沖縄にある福州園という中国式庭園に比べると、人工物が少なく、非常に植物が多い場所で、暗くならない程度に生い茂った木々が沖縄の厳しい日差しを和らげてくれるので、非常に過ごしやすい場所になっています。御殿は平屋の和風の建物で、首里城のイメージとはだいぶ違った落ち着いた雰囲気です。中には畳敷きの茶室があったりして、思わぬ日本文化の影響が見られました。
ちなみに、この庭園の中では築山や植込みをうまく使うことで、海を見えないようにする工夫がされており、中国からの使節に対して、海が見えなくなるほどの奥行きのある広い国であると思わせる、涙ぐましい努力をしていたという話が残されています。庭園の端の方には「ハブに注意!」という看板があり、ぎょっとさせられることが再三ありましたが、暑い日差しにうんざりした時に訪れるには、とてもよいところでした。

沖縄の海の本気を見た

ちゅら海水族館を後にし、名護バスターミナルへ向かう途中に、ちゅら海水族館へ向かう時に見に行った、屋我地島と古宇利島という離島の一帯を一望できる『嵐山展望台』という所へ寄りました。この辺りの海は、一つの海が4色にも5色にも見える不思議で美しい風景でした。タクシーの運転手さんの話によると、以前、画家を連れてきたことがあったが、海の色が14色あるように見えると言っていたそうです。まさに沖縄の海の美しさを讃える名言だと思います。

素晴らしき、ちゅら海水族館

ちゅら海水族館に来るのは4年ぶり、3回目になります。建物の配置は特に変わっていないので、駐車場からすぐに水族館入り口に向かいましたが、入り口に行く前に案内の人がもうすぐイルカのショーが始まるのを告知していたので、予定変更でイルカショーへ。前に見た時のショーに比べて、非常にレベルアップしており、イルカの生態をお客さんにわかりやすく説明しようという姿勢が、とてもうれしい内容でした。ここのショーのメインはオキゴンドウという大型のイルカなので、カマイルカバンドウイルカがメインのショーに見慣れてる人にはとても新鮮だと思います。だって、おらがそうだから!
ショーが終わって水族館に戻ろうとしたら、いきなりのにわか雨。流石に慣れてきたので、豪雨に変わる前に水族館の入り口に全力ダッシュ。ポツポツだから大丈夫と油断していた方々は、後ろで急な豪雨に変わって悲鳴をあげてました。油断しちゃだめよ?
7月に入って利用客が本格的に増えてきているので、どの水槽の前も人だかりでしたが、それすらも水槽の大きさを実感させる小道具にしか見えない大水槽では、ジンベエザメとマンタが悠々と泳いでいました。ジンベエザメの長期飼育やマンタの水槽内出産の世界記録を持つだけあって、細心の注意を払って飼育がされているのでしょうが、やはり大きな水槽でのびのびと泳げるのが一番いいことなのでしょう。
マナティー館のアメリマナティーも元気にぐるぐると回転しながら泳いでいましたが、ここの水は特に青っぽく見えるせいで、写真がうまく撮れませんでした。なんでいつもあんな色をしてるんだろうか・・・。ひょっとしたら水槽の水が汽水なのかもしれませんね。

貸切タクシーで北部周遊

朝7時半にタクシーに迎えに来てもらい、向かうは沖縄本島最北の地、辺戸岬。今日は国盗りデーということで、ここから北に見える与論島の電波を対岸盗りして『奄美』を盗り、帰りにちゅら海水族館へ寄ってから帰ってくる予定です。土曜日の早朝ということで、学校もお休みで外を歩いている人もほとんどおらず、ほとんど信号機のない道をひたすら北上していきます。海岸線に沿って走っているので、海がとてもきれいです。
名護から1時間足らずで辺戸岬に到着し、事前に聞き込みしておいた男子トイレの横の沖縄本島の電波を受けにくい場所へ行き、国盗りボタンを押すと無事、「鹿児島県大島郡与論町付近」というGPSの表示が出ました。これで承認ボタンを押したら与論島にいる判定をもらって、対岸盗りで『奄美』をゲットなのですが、何故か沖縄本島南部と周辺の離島エリアの『豊見城糸満』という判定が・・・。おかしいなぁと思って、今度は岬の北端にある『祖国復帰闘争碑』という記念碑の影に行って、北に向けて国盗りボタンを押してみましたが、やはり与論町の電波を受信しているのに、『豊見城糸満』という判定になってしまいます。
どういうことかと思って、サイトの伝言板に情報でもないかと思って見てみると、なんと日本国中で大混乱の真っ最中。昨日行われた大規模メンテの結果、位置判定がズレまくっていて、あちこちで悲惨なことになっている模様。よりによって・・・よりによって・・・。心の中で血の涙を流しながら、辺戸岬を後にしました。ただ美しい景色だけがおらの心を慰めてくれました。

初めての鉄板ステーキ

首里城を後にして、モノレールで那覇空港に戻り、高速バスで名護へ。明日の国盗りとちゅら海水族館見学の為に地の利を得るべく、沖縄本島中北部の沖縄第2の都市にやってきました。さて、晩飯はどうしたものかとホテルの周りの地図を見ていると、鉄板ステーキの文字が目につきました。そういえば、今まで目の前で料理人がステーキを焼く形式でステーキを食べたことないなぁ、と思い、今日の晩飯はステーキということにしました。『エルフランセ』というお店ですが、平日の夕方にステーキを食べる客はあまりいないようで、お客はおらだけでした。さて、何を食べたものかとメニューを見ましたが、沖縄産和牛はユキチが吹っ飛ぶ勢いだったので、他のサーロインステーキにしました。まぁ、300gだからボリュームは満点です。目の前の鉄板で前菜のジャガイモやタマネギなどを炒めたものが出来上がり、それを熱っ!とか言いながら食べながら、お肉が焼かれる光景を眺めています。たいして力を入れてるとも思えないのに、シェフがお肉をナイフですいすいと切っていくのには魂消ましたが、あっという間に焼きあがったステーキを2種類のたれに交互に漬けながら、美味しくいただきました。

赤いのか、紅いのか、朱色いのか?

首里城の正殿に行くまでにはいくつかの門をくぐらないといけませんが、第1の門『歓会門』を通って、『龍樋』という今まで一度も枯れたことがないと言われる井戸を横に見ながら階段を上ると、第2の門『瑞泉門』に差し掛かります。ここから第3の門『漏刻門』、第4の門『広福門』を抜けるまでは無料のスペースですが、最後の『奉神門』の向う側に入るには入場料を払わねばなりません。今まで通った門と違って、かなり大きい『奉神門』をくぐると、正面に鮮やかに彩られた首里城正殿が鎮座しています。
首里城というのは、熊本城等の日本の戦国期の代表的なお城と違って、儀式や政務を司る場所という面が濃厚なので、高い石垣以外にはまともに実戦を意識した建物はありません。それだけ統治に自信があったのかもしれませんが、日本人の代表的な“城”のイメージとはだいぶ違うように思えます。
正殿を正面に見て右側から『南殿』に入り各種展示品を見て、『書院』に入ります。ここは国王の執務や中国や薩摩藩の使者の接待などに使ったそうですが、首里城内でも珍しい畳敷きの部屋があり、茶室まで用意されています。板の間が多いなかで急に日本的な風景が出てくるので、少し面くらってしまいました。
いよいよ正殿に入ると、主に儀式を行うことを目的にされた空間なので、どこか大きな寺院を想わせるような雰囲気がします。もっとも、こんなに真っ赤かなお寺があったら大変ですが。特に国王の玉座は豪華絢爛なもので、琉球衣装を着た国王のろう人形でも置いておけば、今でも当時の雰囲気が味あえそうな素晴らしい物です。ていうか、おらが座ってみたいわ(笑)
『北殿』には正殿の中庭で儀式を行うようすがジオラマで再現されており、どのように儀式が行われていたのか、よくわかるようになっています。ジオラマ以外のスペースはお土産屋さんですが、特に心惹かれるようなものがなかったので、何も買わずに外に出ました。